【どくさいスイッチと命の価値と仏教】

ご存知の方も多いと思いますが、
今日、9月3日は「ドラえもん」の誕生日ですね。
2112年9月3日、「トーキョーマツシバロボット工場」
で製造されることになっているので、あと96年後です。

それはさておき、
いろいろなひみつ道具が登場するドラえもんですが、
その中に、「どくさいスイッチ」というものがあります。
未来の独裁者が作らせた道具で、
気に入らない者に向かって
「○○、消えろ!」と言って、スイッチを押すと、
相手は跡形もなく、消えてしまいます。
消された相手は、はじめから存在しなかったことになり、
人々の記憶から消されます。

さて、今日もジャイアンにいじめられ、
泣きながら家に帰ってきたのび太。
ドラえもんにすがりつくと、なんと、
この「どくさいスイッチ」を渡され、
「じゃまなものはけしてしまえ」と勧められます。

さすがに使うのをためらっていたのびた太ですが、
ふたたび執拗なジャイアンのいじめに遭い、
耐え切れず、ついに
「ジャイアン、消えろ!」と、
スイッチを押してしまいました。
ジャイアンは瞬時に消え、
持っていた野球のバットだけが虚しく転がっています。

「たいへんなことをしてしまった」
とうろたえるのび太のもとに、
今度はスネ夫がバットを持って
襲いかかります。
ジャイアンのいない世界では、
スネ夫がガキ大将となっていたのです。
「スネ夫、消えろ!」
またしてものび太はスイッチを押し、
スネ夫までも消してしまうのでした。

家に戻ったのび太はひとりスイッチを見つめ、
もうこんなもの絶対に使わないぞと決心します。
ところがいつしか眠気に襲われ、夢見心地ののび太。
夢の中では、他の友達たちがのび太をいじめようと
迫ってきます。
先生やパパやママからも厳しく叱られます。
果てはドラえもんさえも、のび太をバカにします。
たまりかねたのび太は、
「もう、だれもかれもきえちまえ!」
と叫び、寝ていた畳を叩いたところで目がさめました。

すると、
周りがやけに静まり返っていることに気付きました。
1階で夕食の準備をしているはずのママもいない。
しずかちゃんの家に行っても返事がない・・・
町中どこを探してもだれひとりいない・・・
世界中の人を消してしまった事に
のび太は愕然とします。

しかし、
これで誰にも邪魔されず自由にできるじゃないかと、
手当たり次第、ほしかったラジコン、ゲームやマンガ、
食べ物やお菓子などを、無人の店から家に持ち帰ります。

ひとしきり食べたり遊んだりしましたが、
すぐに飽きて、やがて夜が来ました。
寂しさを紛らわそうと、家じゅうの電気をつけようとしますが
突如、停電になり家は真っ暗に。
のび太はパニックに陥り、
おねがいだからみんなでてきてくれえ!と叫びます。

すると、
どこからかドラえもんが現れ、
実はこの道具は、
独裁者をこらしめる為の道具だったんだ、と言い、
消された人達を元に戻してくれました。

翌日、以前と同じように
ジャイアンからいじめられるのび太でしたが、
にぎやかさが戻った世界で、
その表情には笑みが溢れていました。

これが「どくさいスイッチ」の話の顛末ですが、
幼い頃これを読んだとき、ふと思ったことがありました。
「このスイッチで自分を消してもらいたい」
という事です。
なぜなら、
確かに消えてしまうことはおそろしい事ですが、
そのぶん、イヤなことやつらいことも一切なくなる。
しかも、はじめから存在しなかったことになるのなら、
自分が消えて悲しむ人もいない。
と思ったからです。

当然、実在するはずのない道具ですから、
すぐに忘れてしまいましたが・・・

しかし、改めて考えると根深い問題です。
自殺大国である日本では、
年間約3万人弱の人が自殺をしていると言われます。
「こんなに辛いのなら死んだほうがましだ」
と、約82人の人が日本のどこかで毎日、命を絶っているのです。

そこまでには至らずとも、
さまざまな苦難や障害、また失敗や挫折に直面し、
「生きるのがつらい」
「生まれてこなければよかった」
「このままどこかに消えてしまいたい」
ふと、そう思った事のない人は皆無ではないでしょうか。

そんな人には、この「どくさいスイッチ」は、
まさに理想の道具となってしまうのかもしれません。

いったい、私たちは、
何のために生まれ、生きているのでしょうか、
命の本当の価値は、どこにあるのでしょうか。

2600年の古、この根本的な問いに、
明答を示されたのが、実にブッダ(お釈迦様)だったのです。
万人に平等にある「生命の尊厳」とは何か。
ブッダの教えを楽しく、やさしく学んでみませんか?

p,s)
 ドラえもんに会うためには筆者は130歳まで生きなければなりません(^^;)
 残暑厳しいですが皆さまもお身体どうぞお大事に。